バイオリン ── 名器の音
ピアノは10秒 バイオリンは10年
ピアノであれば、真ん中のC(ド)の音を人差し指で1つだけ鳴らすだけなら山下洋輔が弾いても私が弾いても同じ音が出る。
例えば音を3秒間鳴らすための動作は、鍵盤を押さえ込むだけなので一瞬の動作だ。
だけどバイオリンは違う。3秒間音を鳴らせるためには、3秒の間、音出し作業に集中しなければならない。
C(ド)の音を出すには、この弦のこの位置に左手の指で正確に押さえつけて、右手の弓は強からず弱からず、早すぎず遅すぎず、この角度でこの位置に、時には強く時には弱く。
さらにビブラートをかけるとなると、弦を押さえつけた左手の指を1秒間に5〜6回、弦の上で指をクネクネさせる。
単純に単音を鳴らせる動作だけでことんなにも差がある。
さらに、単音を鳴らす技術の習得にも随分違いがある。
ピアノの音ひとつを発音させる技術は、今までピアノを見たこともない人であっても10秒で習得できる。
かたやバイオリンは、音を出すだけで5年はかかる。
いい音を出すのに10年かかる。
10億円のバイオリン
イタリアのストラディバリとかグアルネリのバイオリンは何億円という価格で取引されている。なんのなんの10億円という価格も存在するらしい。
楽器屋に並んでいる5万円のバイオリンと10億円のバイオリンはどちらがいい音がするかというと、たぶん10億円のバイオリンのほうがいい音がするのだろう。
たぶんである。
安物バイオリンと名器と謳われるストラディバリウスを聴き比べて、どうのこうのと言うのはあまり意味がない。バイオリンはいい音を出すのに10年かかる。
つまり「いい音色」は演奏者の実力にかかっているからである。
10年といってもいい加減なもんで、音楽表現者として身を立てるなら何十年もかかるだろうし、一生かかっても無理だったという人もいっぱいいるに違いない。
ストラディバリウスは改良されている
イタリアのクレモナで名器が生まれたとされている時代は1700年前後で、その頃のバイオリンは現在のバイオリンと少し違う。
その頃のバイオリンと比べて、現在のバイオリンは・・・・
・ 指板が長い
・ ブリッジが高くなって本体とネックの角度を強くしている
・ 内部についているバスバーが長くなっている。
・ 魂柱が太くなっている。
・ 弦の張りを強くしている。
ストラディバリウスも修理を行い以上のような改良を受けている。
この改良は、端的に表現すれば「いい音にするため」だ。ここがおもしろい。
名器名器と神格化されているストラディバリウスも、響きを良くし、張りのある音色にするために現代版仕様に作り変えられているのだね。
弓・弦・ブリッジ
音の良し悪しを決めるのは、バイオリン本体が1割、奏者の実力が9割だとしましょう(反論があるかもしれないけれど私的意見でございます)。
しかも、バイオリンというとバイオリン本体ばかりに議論が及ぶが、音色を決める重要なアイテムとして、「弓」「弦」「ブリッジ」がある。
良い弓があれば、どんなバイオリンでも感動する音を出してみせるという演奏家もいるようなので、名演奏にはバイオリン本体と同じくらい弓は重要な要素を持つ。
弦もしかりだ。強く引っ張っても切れない弦、端から端まで均一な弦。分子構造までも研究し尽くしたスチール弦やナイロン弦。高度な生産技術が必要な巻弦。
木でできた音響箱は空気を振動させるためのスピーカーであるのに対し、弦は音の発信元である。つまり音源そのものだ。弦の製造技術は、何百年前より格段に上だし高品質だ。
5万円のバイオリンも10億円のバイオリンも同じ「弓」「弦」「ブリッジ」を装着することができる。
繰り返すが、音の良し悪しを決めるのはバイオリンほんの1割である。さらに、「弓」「弦」「ブリッジ」の重要アイテムで音色はガラリと変わる。
また、障子とフスマと畳に囲まれた部屋で弾くのと、音響設計がされたホールで弾くのとでは雲泥の差がある。
名高いバイオリンはコンサートホールで演奏されるが、5万円のバイオリンはそんな場所に持ち込まれることはない。
だから、さすがに名器はいい音がする。ということになる。
こうなると「現代の科学でもってしても解明でないストラディバリウスの音色の秘密」というけれど、なんとなく的外れな感じがしてならないのだけれど。どうでしょう。
視覚的に表現するとこんな感じになるかな
バイオリンの音色を決めるのはほとんどが演奏者の実力にかかっていること。
そして演奏場所によっても音の品質は大きく左右すること。
バイオリンは、弦や弓の性能の影響していること。
こうして見ると、音の良し悪しを判断するにあたって、大きいどころを抜きにして、バイオリン本体の些細な部分を
大げさに取り上げていることがわかる。
しかも、名器といえども現代流に改善されているわけで、名器とはいったいなんたるや、ということになってしまう。
プロとしての士気
ここでは、名器を否定するのが趣旨ではない。
プロフェッショナルというからには商業人である。商売人というと金儲けというイメージがつきまとってしまうので商業人と書かせていただいたが、
プロフェッショナルは金をとることができる立派な芸術家であって、自分の士気を上げるためには名のある道具が必要である。
自分自身を高いレベルの追い詰める方法。それには名高い道具が必要である。
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